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【ART】東京国立近代美術館/杉本博司 絶滅写真 展
2026年8月13日
この日は朝から皇居からほど近い、竹橋にある東京国立近代美術館へ向かいました。お目当ては開催中の「杉本博司 絶滅写真」展。
銀塩写真作品で構成する展覧会としては21年ぶりという、美術館での大規模展覧会。企画展や常設展などで目にする機会も多いため、そんなに時間が経っていたのか!と驚きました。
【今展覧会フライヤー・オモテ面】
タイトルの「絶滅写真」というのは、デジタル技術の進展によってアナログな銀塩写真が絶滅を迎えようとしているから。旧式の大判カメラとフィルムを使って撮影された作品は、自らの手で現像していくのだそう。そこで使用する現像液から自身で処方するというからまさに職人ですね。
【今展覧会フライヤー・ウラ面】
通常の写真は記録や風景など「その瞬間を切り取ったもの」であるのに対して、彼の作品は「コンセプチュアルアート(=アイデアや概念に重きを置いて生まれた作品)」。美しさや高い技術で表現する従来の芸術作品とは異なるため、改めて「この作品の概念は何?」と一呼吸置いて見ることを意識してみました。
1章「時間・光・記憶」は、初期三部作のひとつでデビュー作にして出世作となった〈ジオラマ〉シリーズからスタート。このシリーズはアメリカ自然史博物館にあるジオラマ展示の剥製を撮影したもの。『生命のないものが生きて見えたなら、生命そのものが撮れたことになる。それがシーンを写す写真というものだ』をコンセプトのひとつとして生まれます。
壁面がグレーに塗られた暗い展示室内は作品と解説のみにスポットライトが当てられていて、作品に引き寄せられるように正面に立つとまるで作品に入り込んだように心が凪いでいきます。
杉本博司《クロマニヨン人》
作品の左側にはタイトルと共に人類史の中の説明、そして自らが詠んだ和歌や狂歌が添えられています。モノクロームの色調の素晴らしさも相まって剥製であることを忘れてしまうほどリアリティがあり、本当に生命そのものが撮れている!とゾワっと鳥肌が立つほどです。
三部作の2つめ〈劇場〉シリーズは、劇場に大判カメラを持ち込んで映画一本分を長時間露光で撮影したもの。このコンセプトは『写真機は道具というより人の意識の延長、記憶の定着であり時間を止める装置。では時間を止めずに放置したらどうだろう』。
杉本博司《ガルニエ宮、パリ》
映画の始まりから終わりまでを長時間露光して撮影すると、真ん中にある発光するスクリーンには2時間の映画、1秒24コマで17万枚を超える写真の残像が映し出されるのだと言います。それぞれの映画館(中には屋外のドライブイン・シアターもあったり!)に降り積もった時間や記憶が一枚の写真に詰まっていると思うと、立ちすくんでしまうように圧倒されるほど。
杉本博司《パレス・シアター・ゲーリー》
これは〈劇場〉シリーズの中でも廃墟となった劇場を舞台とした〈廃墟劇場〉。ボロボロに朽ち果てた劇場のスクリーンに映し出されているのが「白雪姫」というのが、かつての華やかさと現在の様子が対比となっているように感じました。そういえばこの一枚だけ額縁にエイジング加工されていたのは廃墟を撮ったものだからか!
そして言わずもがなの〈海景〉シリーズ、『古代人の見た海を、現代人も見ることができるのか』という時間の始まりをテーマとしたもの。ぐるりと半円を描く壁面に沿って空と海が半分ずつの地平線を写した作品が並び、時を超えて「今ではないどこか」に佇んでいるように感じました。デジタル写真と比較して粒子の細かな銀塩写真は階調がなめらかで、大きく引き伸ばされているからその奥行きのある質感も際立っていますね。
2章「観念の形」のこちらの部屋には、1920年代以降のファッションをテーマとした〈スタイアライズド スカルプチャー〉シリーズと、三次関数の数式を立体化した〈観念の形〉を合わせて展示。
杉本博司《スタイアライズド・スカルプチャー118[クリスチャン・ディオール、Soiree 1947]》《数理模型014 定曲率曲面、双曲型の回転面》
方や人の思いを形にしたファッション、もう一方は数式という目に見えないものを形にした模型。これぞまさに共に概念を形にしたものなのですが、そんな難しいことを考えずとも、単に美しいなぁと胸に落ちる作品たちでした。
杉本博司《フォトジェニック・ドローイング 屋根の輪郭線、レイコック・アビー》
そして3章は「絶滅写真」。この〈フォトジェニック・ドローイング〉シリーズは銀塩写真のはじまり、イギリスの学者タルボットの原初の写真(=ネガ像)を買い集めて、ポジティブプリントを行ったもの。『銀塩写真の終焉そのものを看取るべく、自ら買って出た葬儀委員長として、写真術の始祖タルボットの陰画を焼くべく、焼き場(暗室)で薬物の匂いを香の薫りと思いなして作業に励んでいる』とのことなので、絶滅を迎える銀塩写真の弔いの作品といった感じでしょうか。オーディオガイドを聞き直しつつ、理解が追いつかない部分は作品を記憶に焼き付けようとじっくり眺めるのでした。
杉本博司《P.P.T.R.D.037 棘のある三葉虫》
化石を撮影したシリーズ〈前写真、時間記録装置〉では、自らが蒐集した三葉虫の化石を撮影。『化石は写真と同じくネガポジで時間の痕跡を残すもの』。そういえば江之浦測候所にも化石あったなぁと思い出しました。
最後の部屋は〈Opticks〉。17世紀にニュートンが試みたプリズムによる分光実験を再現し、光の色彩を観測したもの。こちらが最新シリーズで、ポーラ美術館の展覧会で昨年見た最新シリーズです。
《光学硝子五輪塔 335 ノルウェー海、ぺステローデン諸島》
硝子を覗き込むと見える海景。
今回の展覧会はコンセプチュアルアートであることを意識して作品を眺めると頭をフル回転させなくてはならず、いつも以上に時間がかかってしましました。ただ杉本さんの作品はそれらを一旦置いておいても、単に作品として美しく心を打つものであることが何よりすごいと感じます。頭がパンクするまでフル回転させたあと、改めて何も考えずに心のままに見るとスッと沁みてきます。
デジタル写真が圧倒的な主流となる中での銀塩写真はまるで配信主流の音楽の中のレコードのようで、改めて表現力に優れていることを再確認して絶滅することはないよなぁ…という思いで会場を後にしたのでした。

















